2025年7月前半のお稽古は、季節ものであるヒメガマを主題に古典花・現代花それぞれの挑戦がありました。
今回は、7月13日㈰の日曜日クラス生徒作品をお届けします。
7月から日曜日クラスの体験レッスンも募集再開となりましたので、華道や相阿彌流にご関心をお持ちくださったかたは、ぜひご検討ください。


生徒作品:ヒメガマ・キク・ヒマワリ等の現代花

花材 | ・ヒメガマ(Southern Cattail Cumbungi / Typha angustata) ・スプレーギク(Spray mum / Chrysanthemum sp.) ・ヒマワリ「サンリッチ フレッシュレモン」(Sunflower ‘Sunrich Flesh-Lemon’ / Helianthus annuus ‘Sunrich Flesh-Lemon’ ex. Takii & co., ltd) ・丸葉ルスカス(Spineless butcher’s-broom / Ruscus cf. hypoglossum) ・ドラセナの1種、覆輪・筋斑(Variegated Dracaena / Dracaena sp. f. variegata) ・ドラセナの1種(Dracaena sp.) |
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作者 | 富永 奈保子(Naoko TOMINAGA) |
菊やヒマワリといった背の低い植物と背の高いガマが一緒になり、ガマの葉が遮る陽を求めて間を縫うように背を伸ばそうとするかのような花たちの勢いが、今日の河原で見られる植物のけしきを彷彿とさせます。
同時に、菊やヒマワリが持つ花の黄色と葉ものの緑が見せる生命力を、花の盛りを終え種穂を蓄えたヒメガマの葉がやわらかに包み込む様子は、植物たちが守り・守られ次の世代育むような営みをする世界観を想像させてくれるようにも感じられ、モダンな装いのなかに華道の古典的情緒が織り込まれた美しい作品に仕上げられました。
閑話休題:花材「ヒメガマ」について
ヒメガマを含む「ガマ(蒲、香蒲)」は、いけばなにはポピュラーな花材ながらに、工夫を要し師範でも難しさを覚えることがある植物です。
ガマの特徴といえば、真っ先に目に留まる茎の上側の「謎の茶色いもの」。
ガマを初めてみる人の多くが「ソーセージ」と形容するこの部位は、実はガマの花なのです。
品種によって異なりますが、ガマ属(Typha)の代表種であるガマ(Typha latifolia)の場合、花の穂は上下に分かれていて上が雄花・下が雌花という構成をしています。
そう説明すると自分自身の花だけで受粉が完結しそうに思われるのですが、ガマは「自家不和合性」の植物、つまり「自分の花粉を受粉して種をつくることは全くないしほぼない」植物です。
ある植物の種が自家和合性(自身の花粉で結実できる)か自家不和合性(自身の花粉で結実できない)かは、その植物の自生環境が影響していると考えられます。
ガマの場合、日本の沼・河原といった湿地という、花粉を運んでくれる風や虫が豊富な場所に生え、かつ周囲一帯に多数の個体が群生する植物です。
有性生殖、すなわち異なる個体同士によって新世代を生み出す方法は、種が持つ性質の変化を促し、環境の変化を受けても生存する個体を多くできる可能性につながります。
単為生殖(分裂によってクローンを生む)や自家和合を繰り返すと血筋に遺伝的な多様性がなくなりますので、ある環境の変化(たとえば急激に寒くなるなど)によって、あたり一帯の仲間が全滅してしまうということも起こり得るのです。
そういう生存競争に有利な方法があるなかで、環境に恵まれたガマは、あえて自家受粉に頼る必要はなかったのでしょう。
実際に、ガマの穂は、雄花と雌花の熟す時期が少しずれていて、先に雄花が熟してすぐに花粉を拡散させるようにできています。
これは、自家受粉を回避するという観点では非常に良い工夫です。
筆者の交配・人工授粉という園芸経験から考えるに、雌しべの花粉を受ける部分(柱頭)というものは、たいてい多少なりともベタベタとしていて、一度花粉が付着したらなるべく剥がれ落ちないように工夫されています(植物や種によりけりです)。
したがって、一度多くの花粉をつけてしまうと、その上からさらに花粉がついてうまく固定されるということは難しいように見受けられます。
そこでガマは、雄花と雌花の成熟する時期をずらすことで、なるべく自分で自分の花粉を受けず他家受粉がうまくいくようにしているのです。
さて、話を今回の主題「ヒメガマ(Typha angustata)」に戻しましょう。
ガマ(Typha latifolia)の場合は雄花の穂(上側)・雌花の穂(下側)がほとんど間隔なしに作られます。
対するヒメガマ(Typha angustata)は、上下が雄花の穂・雌花の穂に分かれていることは共通する一方で、両者の間には数センチの間隔が空いています。
作品の写真に写るヒメガマをよく見てみてください。
ソーセージ型の穂の上側に、わずかに緑の茎があるあと、それより先に枯れこんだ長い突起物があります。
これは、ヒメガマの雄花の穂がついていた部分からもともとの茎の先端部分までが、枯れ込みながら残っているものです。
実際にお稽古をしてみると、花材のヒメガマのなかに、稀にこの枯れ込み部分にケバケバとした何かが大量に付着しているものが紛れています。
この何かというのが、役目を終えた後でまだ落ちきっていない雄花群の名残なのです。
つまるところ、ヒメガマの花材たちは、本来この枯れ込み部分にもう1つソーセージが付いていたのです。
いけばなを習っている方の多くは、花材として雌花の穂だけが残り種穂となった状態のヒメガマを扱うことがほとんどです。
代表種であるガマの穂が間隔を空けていないことも相まって、「ソーセージは本来2つついていた」ことに衝撃を受ける方も多いのではないでしょうか。
雄花のことを知ると、なぜヒメガマの穂の上側は少しだけ緑の生きた茎があるのか、なぜその先は盛大に枯れ込んでいるのかがよくわかります。
今回は、そんな意外な「ヒメガマ」の出生(自然の生えているときの姿・性状)の補足でした。